端午の節句の五月人形の由来とは?武将の選び方と人気のものは?

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端午の節句を迎えられるお子様に、五月人形を・・・と考えている方も多いですよね。

しかし、そもそも端午の節句とか五月人形ってどんな由来があるの?

五月人形を武将で決めるとかいうけど、選び方ってどう?

人気のある武将は?という疑問についてまとめてみました。

五月人形の購入予定があるなら、要チェックです!

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端午の節句の五月人形の由来とは?

五月五日の端午の節句は、元々は端午の端(はじめ)の午(うま)の日ということで、
五月の最初の午の日に節句をお祝いすることをいいました。

それが、端午の午が五という文字と一緒ということから、五月五日に定着していきました。

また、薬草を摘み健康を願う行事でもあり、その中でも「菖蒲」はその葉が剣のようになっていて、
根っこの香りが強いことから邪気を払うとされ用いられていました。

さらに、「勝負」や「尚武」と同じ読み方をするために、武家で盛大にお祝いされるようになったとされています。

そこから、武家に生まれた男の子のために一族の繁栄と厄災を払う大事な行事となっていったのです。

このように、武家の間で広まっていったものなので、鎧や兜・それをつけた人形などを飾って、
「自分の身を護る」という意味で大切にされていました。

それが、今でも五月人形として受け継がれています。

五月人形の武将の選び方

では、気になる五月人形での武将の選び方なんですが、どの武将がいいかははっきりいって好みによります。

武将の兜が人気なのは、兜をみて誰が付けていたかわかるなどといったところにもあります。

例えば、真田幸村の六文銭なんかはすぐにわかりますよね♪

あとは、その武将の人物像などによって決めたりすることが多いようです。

ですので、買う人がその子にこんな武将の生き方ややってきた功績などを知ってもらい、
将来に役立てて欲しいというのがあれば、その思いで選べばOKです♪

といっても、歴史もそんなに興味がないしあんまりわからないわというあなたのために、
次では人気のある武将を紹介していきますね。

五月人形で人気の武将は?

では、五月人形の兜などで人気のある武将を紹介していきますね♪

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その武将がどんなことをしてきた人物なのか?なども、簡単に交えてお伝えしていこうと思います。

【上杉 謙信】

「軍神」と言われるほど天才的な武将で、戦いにおいては負け知らずだったといわれています。

また、戦のさなかに撤退を命じたにも関わらず、戦をやめなかった部下を陣内に拘禁して
「ここで戦士させたら、父母に面目が立たぬ」
と、部下を思いやる一面もあったようです。

【真田 幸村】

真田丸でも知られる武将ですね♪

宿敵である徳川家康の本陣まで攻め込んだ勇姿は、「日本一の兵」といわれるまでです。

英雄的武将として、庶民にも広く知られていたようです。

【伊達 正宗】

幼少時に右目を失明し「独眼龍」と言われていました。

「独眼龍」とは、中国で軍事が最強であるといわれた人のあだ名であり、
三国志の英雄である曹操のように文武両道に秀でた人物は日本では正宗だけと、詩にまで読まれたことによります。

それほどまでに、伊達政宗は世間的な評価が高かったのですね♪

【徳川 家康】

幼少期は苦労人でしたが、洞察力に優れ、武術に優れていました。

その苦労の時を経て、約300年続く徳川の歴史を作った英雄として、人気の高い武将です。

【織田 信長】

信じていた重臣に裏切られて、本能寺で自害した信長ですが、その圧倒的なカリスマ性などで人気が高いです。

激しいとされる一面がありながらも、庶民とも分け隔てなく付き合ったり、
大事なところを他人任せにせずに自分でやるというところもあったようです。

【直江 兼続】

「愛」という文字が印象的な兜ですね!

財政難になっても、自ら倹約に努めながら部下たちの生活と庶民の生活を支えていたといわれます。

まとめ

いかがでしたか?

由来に始まり、歴史上の武将のことなど諦めない姿勢であったり、
端午の節句を迎えられるお子様にどんな武将のお話をしてあげたいか?
など、大きくなってからも楽しみになりますね♪

ぜひ、そんな楽しみの一つになるように参考にしていただけたらと思います。

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